読み始めている本です。DIE WITH ZERO(ゼロで死ぬ)いろいろ考えさせてくれる良い本です。介護施設で働いておりますが、介護報酬制度の改正のあったからだと思いますが看取りの方の入所が多くなりました。厳密に言えば入所、既に入って施設に住んでいる方がそのまま看取り対応になる方が多くなって来ました。
少し前までは病院で亡くなる方の方が多かったのですが、体調を崩し入退院を繰り返し高齢でまぁ手術も加療なんらかの医療もすることが無くなってくると、点滴くらいしかすることがありません。すると最近は何もしないで自然の形で死を迎える看取りにするという方向になるのですが、人間はこの段階になるともちろん自分で食べ物も食べれませんし,水も飲めません。ウンチもオシッコも垂れ流しです。着替えも出来ません。寝たきりです。
昔むかしの戦後すぐまでは自宅で看取るというのがわりと多かったみたいで、旦那のご両親を家で看取ったという話しを利用者さんから聞いた事はありますが、ご自宅で看取る技術と体力がある方はそぅそぅいないと思います。
一昔前までは病院で亡くなる方の方が多かったのですが、超高齢社会になり世界は老人で溢れかえり病院のベッドも足りない状況となり政府も保険制度を改変して病院から出て死ぬように死ぬように仕向けてます。なので数年前よりも施設で看取りとして最後までお手伝いすることが多くなりました。
最後の最後までお手伝いするようになってから改めて感じるのが、築いた財産を使い切れる人はそぅそぅいないという事。見ていると生きているうちから娘、息子にパクられてますね。家も取られて追い出されてます。いくら財産があっても。面会にも来ないし。
さて,これを自分に置き換えて考えてみると今日現在50才。「にんげん、50ねぇ〜ん。げてんの… 」織田信長も50過ぎてたおれましたが、すでに僕は50歳。お金を使えて70過ぎまでかな。あと20年。
今読んでいる本によりますと、会社を定年退社したすぐはそれまで仕事仕事で出来なかった反動から旅行やなんやかんやで多忙に過ごすのですが、ある一定期間を過ぎるとやる事も無くなり、やる事が無くなってくるとお金も使わないそうです。紀州のドンファンのように若いオネェちゃんをデートクラブでお金出して買う人は別ですが…
僕はどうしたいんだろう。今のところあと10年は休みも時になく、無いわけではないんですけどね。ダブルワークしてるんで月にガッツリ休める日があまりないです。好きなことを仕事にしているのです良いのですが、それでも残された時間をどう使うか? 最近よく考えます。
奥さんや娘(愛犬)が病気になり余命いくらも無くなったら仕事は抑えるでしょう。老母がとうとう余命いくらも無くなったら仕事は抑えるでしょう。嫁と別れたら今住んでいるマンションを売って SPYD に5年くらいかけて購入してFIRE達成ですね。それでも死ぬまでに自分の稼いだ増やしたお金を使い切るのは難しいかな。どうしよう。本読んで勉強しようっと。 (つづく)